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名古屋地方裁判所 平成元年(ワ)2601号 判決 1992年1月22日

反訴原告

清宮俊夫

反訴被告

近藤和人

主文

一  反訴被告は、反訴原告に対し、金三二五万一二六六円及び内金三一九万二二七四円に対する平成元年九月一四日から、内金五万八九九二円に対する平成二年三月一七日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を反訴原告の、その余を反訴被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項につき仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

反訴被告は、反訴原告に対し、五四一万〇六〇六円及び内金五三三万六八六六円に対する反訴状送達の日の翌日である平成元年九月一四日から、内金七万三七四〇円に対する訴変更申立書送達の日の翌日である平成二年三月一七日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、反訴原告が、左記一1の交通事故の発生を理由に、反訴被告に対し、民法七〇九条に基づき損害賠償を請求する事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故

(一) 日時 平成元年三月七日午後〇時五分ころ

(二) 場所 名古屋市名東区藤が丘二四番地左記交差点

(三) 加害車 反訴被告運転の普通乗用自動車

(四) 被害車 反訴原告運転の原動機付自転車

(五) 態様 右交差点を右折進行した反訴被告と、同交差点を直進進行してきた反訴原告とが、衝突した。

2  受傷及び治療の経過など

反訴原告は、本件事故により、少なくとも、左足関節内踝外踝骨折、右側頭部挫傷、両膝・左下腿擦過創の傷害を負い、次のとおり入通院治療を受けた。

また、反訴原告所有のスクーター(被害車)も損壊された。

(一) 杉山外科 平成元年三月七日通院

傷害名 右側頭部挫傷、下顎・頸部擦過創、左内踝骨折、陰部挫傷、両膝・左下腿擦過創

(二) メイトウホスピタル 平成元年三月八日、同月九日入院(二日)

同月二二日から同年五月二七日まで通院(実治療日数一六日)

傷病名 左足関節内踝外踝骨折、右足・右肩・頭部・陰部挫傷

(三) 藤が丘クリニツク 平成元年三月七日から同年五月二九日まで入院(八四日)

傷病名 左下肢骨折、全身打撲

(四) 奥村整形外科医院 平成元年五月三〇日から同年一二月五日まで通院(実治療日数五六日)

傷病名 左脛骨内踝骨折・左腓骨外踝骨折による左足関節拘縮・左膝関節拘縮

3  責任原因

反訴被告は、前記交差点を右折進行するに際し、対向直進車両との安全を確認すべき注意義務があつたのに、これを怠つた過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づき本件事故によつて反訴原告が被つた人的・物的損害を賠償する責任がある(ただし、反訴被告は、反訴原告にも過失があるとして、後記のとおり過失相殺の主張をする。)。

4  損害の填補

反訴被告は、杉山外科の治療費のうち三万三一二〇円(ただし、填補される範囲については、争いがある。)とメイトウホスピタルの治療費全額を支払い済みであり、また、他に、反訴原告に対し、賠償金として四三万四四五〇円を支払つている。

二  争点

1  受傷の内容、治療の必要性

反訴原告は、本件事故により、前記一2の傷害のほか、下顎・頸部擦過創、陰部挫傷、発作性頻拍症の傷害を負つたものであり、また、各医療機関における前記治療処置は、いずれも必要かつ適切なものであつた、と主張する。

これに対し、反訴被告は、治療ないし入院の必要性、通院の必要期間等を争い、次のように反論する。すなわち、反訴原告主張の傷病名のうち、杉山外科における右側頭部挫傷、下顎・頸部擦過創、陰部挫傷、両膝・左下腿擦過創、メイトウホスピタルにおける右足・右肩・頭部・陰部挫傷、藤が丘クリニツクにおける全身打撲は、全く治療を加える必要がいないものである。次に、左足関節内踝外踝骨折については、治療のため入院するまでの必要はなく、また、右骨折は平成元年五月一八日(然らずとしても、メイトウホスピタルの最終治療日である同月二七日)までに治癒しているから、その後の治療は必要性を欠く。更に、発作性頻拍症なるものは、反訴原告の持病であつて、本件事故との因果関係はなく、藤が丘クリニツクにおける入院治療は、実際には、右骨折の治療はほとんど行つておらず、専ら心臓疾患(発作性頻拍症)の治療をしていたものであるから、同様に本件事故との因果関係がない。

2  損害額

3  過失相殺

反訴被告は、本件事故は、反訴被告が信号機の設置された交差点を右折進行したところ、直進進行してきた反訴原告と衝突したというものであるから、反訴原告にも前方安全運転確認義務違反という過失があり、二割の過失相殺をすべきである、と主張する。

これに対し、反訴原告は、反訴被告の右折は直近右折であり、反訴原告としては事故回避行動をとることは全く不可能であつたから、反訴原告には過失はない、と反論する。

第三争点に対する判断(書証について、いずれも、成立及び原本の存在・成立に争いがないか、又は弁論の全趣旨によりこれを認める。)

一  受傷の内容、治療の必要性

1  甲四ないし一八、乙一、二、八ないし一一(枝番を含む。)、証人鈴木俊郎、同堀正身及び反訴原告本人に前記争いのない事実を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 反訴原告は、本件事故後、杉山外科へ搬送されたが、病室が満室であつたため、帰宅した後、その日のうちに、いつたん、従前から頸部脊椎症、不製脈等の治療を受けていた藤が丘クリニツクに入院した。しかし、同病院では、反訴原告が本件事故により受傷した左足関節内踝外踝骨折(以下、「骨折」又は「左足骨折」という。)について適切な治療ができないことから、翌平成元年三月八日(以下、一項においては年の記載を省略する。)、紹介を受けてメイトウホスピタルに転院した。

(二) メイトウホスピタルの堀正身医師は、反訴原告の左足骨折は純医学的には必ずしも入院の必要はない程度の骨折であると考えたが、藤が丘クリニツクからの紹介と反訴原告本人からの申出を受けて、反訴原告を入院させることとした(なお、堀医師は、この際、後記(三)のような事情について説明を受けてはいなかつた。)。

(三) 反訴原告の自宅は、トイレは和式で一階にあり、寝室は二階にあり、階段も急であつたため、骨折の患者が自宅療養するには適してしなかつた。堀医師は、これらの言わば社会的要因を考慮に入れた場合には、反訴原告についても入院の必要性が認められる、と述べている。

(四) ところで、反訴原告には、従前から不製脈(発作性頻拍症)の持病があり、年に何回か発作を起こすことがあつたが、三月八日夜、メイトウホスピタルにおいて、骨折による痛みが原因となつて、かなり重度の発作が起こした(発作性頻拍症は、強い痛みがあると発作が起こりやすかつた。)反訴原告は、翌九日、藤が丘クリニツクに出向いて発作性頻拍症の治療を受けた後、メイトウホスピタルに戻つたが、メイトウホスピタルとしては、今後、重ねて右のような発作が起きた場合、適切に対処することができず、生命の危険も生じかねないとして、反訴原告を再び心臓疾患に通じた藤が丘クリニツクに転院させることとした。

(五) そこで、反訴原告は、三月九日、メイトウホスピタルを退院して藤が丘クリニツクに再入院し、五月二九日に退院するまで、左足骨折については、主にメイトウホスピタルにおいて通院治療を受け、藤が丘クリニツクでは、外傷措置(消毒)や痛み止めの投薬などのほかは、専ら不整脈の治療を受けていた。

(六) メイトウホスピタルにおける骨折治療の経過は、次のようなものであつた。すなわち、三月九日に患部をギブスで固定し、四月五日(四週間目)には、ヒビ消失しつつあつたことから、ギブスシヤーレに替えた。そして、同月一九日(六週間目)には、骨折部分の圧痛がなくなつたため、ギブスシヤーレを外して左足に対する荷重訓練を開始し、五月一八日(一〇週間目)には、骨の癒合が順調に進んでいると診断された。

(七) なお、メイトウホスピタルにおける傷病名のうち左足・右肩・頭部・陰部挫傷(藤が丘クリニツクにおける傷病名のうち全身打撲)は、反訴原告が加害車に衝突して路上に転倒した際に生じた、いわゆる打ち身、擦り傷であり、メイトウホスピタルにおいては消毒と抗生物質の投与を、藤が丘クリニツクにおいては消毒を行つたくらいで、それ以上の治療を行つていない。

(八) 反訴原告は、五月二九日に藤が丘クリニツクを退院したが、まだこの時点では歩行に松葉杖が必要な状態であり、杖なしに歩行することができるようになつたのは、六月中旬であつた。

(九) 反訴原告は、藤が丘クリニツクを退院後、奥村秀穂医師から、第二・一2(四)のとおり、左脛骨内踝骨折・左腓骨外踝骨折による左足関節拘縮・左膝関節拘縮との診断を受け、五月三〇日から一二月五日まで奥村整形外科医院において通院治療を受けた。

2  右の事実によれば、本件事故による傷害であることが明らかな左足骨折に限定してみても、入院治療の必要性を肯認することができるし、三月七日から五月二九日までの八四日間の入院治療の一部につき特にその必要性を否定しなければならないような事情も存しない。反訴被告は、入院治療の必要性を争い、反訴原告が、当時、常食を摂取し得る状態にあつたことと、入院中、しばしば外出していたことを挙げるが、前者はもとより、後者も、直ちに右の入院治療の必要性を否定するものではない。

「もつとも、反訴原告の場合には、不整脈の持病があつたことから、メイトウホスピタルで骨折の治療を受けながら、心臓疾患に通じた藤が丘クリニツクに入院していたものであつて、このため、通常の場合に比べて、メイトウホスピタルへの通院交通費が余分に掛かる結果となつている(なお、不整脈に関する治療費は、反訴請求の対象から除かれているので、これと本件事故との因果関係には言及しない。)。もとより、不整脈自体は本件事故により生じた傷害ではないが、右のような変則的な治療体制がとられたのは、さきに認定したとおり、骨折による痛みが原因となつて不整脈の発作が起きるおそれがあつたからであつて(三月八日に不整脈の発作が起きていなければ、引き続きメイトウホスピタルにおいて入院治療を受けていたものと推察される。)、このような事情から考えると、右の通院交通費も、本件事故と因果関係のある損害ということができる。しかし、他面、かかる損害が生じたについては、反訴原告の体質的要因(持病)という本件事故以外の要因が寄与していることも事実であるから、その全額を反訴被告の負担に帰せしめるのは相当ではなく、結局、その五割に限定して本件事故との相当因果関係を認めるべきである。」

そのほか、反訴被告は、反訴原告の左足骨折は遅くとも五月二七日までに治癒しているとして、奥村整形外科医院における治療の必要性を争うが、入院治療を終えたからといつて直ちに全く治療を加える必要がなくなるものではなく、さきに認定した奥村秀穂医師の診断を不合理、不適切なものであるとすべき事情は見いだし得ない。

二  損害額

1  治療費

前記の次第であるから、次の治療費合計一七五万六三九三円は、本件事故と相当因果関係のある損害であると認められる。

(一) 杉山外科分 四万八二一〇円(乙二の一)

(二) メイトウホスピタル分 一八万五二八三円(乙二の二)

(三) 藤が丘クリニツク分 一三三万六五八〇円(乙二の三、四。証人鈴木俊郎によれば、不整脈の治療費は除かれていると認められる。)

(四) 奥村整形外科医院分 一八万六三二〇円(乙二の五、乙八、一〇。うち平成元年八月二五日以後の分は、七万三七四〇円。)

2  付添看護費

反訴原告が入院中付添看護を要する状態にあつたと認めるに足りる的確な証拠(医師の診断など)はない。

3  入院雑費

入院雑費は、一日当たり一二〇〇円と認めるのが相当であるから、八四日間で一〇万〇八〇〇円となる。

4  通院交通費

乙三及び弁論の全趣旨によれば、反訴原告が藤が丘クリニツクからメイトウホスピタルに通院するのに要したタクシー代(反訴原告の受傷の程度から見て、タクシー通院もやむを得なかつたものと判断される。)は、一往復当たり一八八〇円であり、一六回分で三万〇〇八〇円となることが認められるが、前記一2のとおり、本件事故と相当因果関係にある損害は、その五割相当の一万五〇四〇円というべきである。

5  休業損害

乙四ないし七及び反訴原告本人によれば、反訴原告は、田代タクシー株式会社に勤務するタクシー運転手であり、本件事故前には一か月平均二三万四四五八円(昭和六三年一二月から平成元年二月までの三か月間の平均)の給与を得ていたが、本件事故のため、平成元年三月八日から同年六月二〇日まで一〇五日間欠勤し、その間給与の支給を受けられなかつたほか、同年七月一五日支給の賞与が右欠勤のため一六万二三一三円減額されたことが認められる。右の事実によれば、反訴原告の休業損害は、次のとおり、九八万二九一六円となる。

23万4458円×105/30=82万0603円

82万0603円+16万2313円=98万2916円

6  慰謝料

前記認定の反訴原告の受傷の部位・程度、入通院期間等を考慮すると、慰謝料としては、一六〇万円が相当である。

7  物損

反訴原告本人及び弁論の全趣旨によれば、反訴原告所有のスクーター(被害車)は、本件事故の約二年前に一〇万円で購入したものであり、本件事故当時の価格は五万円程度であつたが、本件事故により損壊されたため、廃車にしたことが認められる。

8  小計

以上の1、3ないし7の反訴原告の損害を合計すると、四五〇万五一四九円となる。

三  過失相殺

1  甲一、二、一九、乙七(枝番を含む。)及び反訴原告本人によれば、反訴原告は、被害車を運転して、本件事故現場東側の道路を時速四〇キロメートル前後の速度で西進していたところ、事故現場交差点の手前三〇メートルくらいの地点において、対向車線を東進してきた加害車が右折の合図を出しているのを認めたが、加害車が停止してくれるものと考え、減速することなくそのまま直進進行したこと、しかし、加害車を運転していた反訴被告は、同乗者との会話に気を奪われ、対向直進車両の有無を確認しないまま、時速約二〇キロメートルの速度で右折を開始したこと、反訴原告は、右交差点入口の横断歩道に差しかかつた辺りで、加害車が停止することなく交差点内を右折してくるのに気付いて、急制動の措置をとつたが、及ばず、本件事故が発生したこと、以上の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

2  ところで、「交差点で右折する場合においては、当該交差点を直進する車両の進行を妨害してはならないものであり(道路交通法三七条)、右に認定した事実によれば、本件事故に至つた第一次的な責任が、対向直進車両との安全を確認しないまま右折進行した反訴被告の側にあることは明らかである。しかしながら、他方、反訴原告においても、右交差点内を進行するに当たつては、右折合図をしている加害車の動きに十分注意をするとともに、減速するなどして、できる限り安全な速度・方法で進行すべきであつたのに、漫然、自分の側に優先進行権があると考え、時速四〇キロメートル前後の速度のまま直進進行したものであるから、前記の損害額について二割の過失相殺を免れないものというべきである。」

3  したがつて、反訴被告が賠償すべき損害額は、三六〇万四一一九円(円未満切捨て)となる。

四  損害の填補

反訴被告が支払つた杉山外科の治療費分三万三一二〇円、メイトウホスピタルの治療費分一八万五二八三円(前記二1(二)参照)及び賠償金内金四三万四四五〇円を控除すると、反訴被告が賠償すべき損害額は、二九五万一二六六円となる。

五  弁護士費用

反訴原告が反訴被告に対し本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る弁護士費用は、三〇万円と認めるのが相当である。

六  以上によれば、反訴原告の反訴請求は、三二五万一二六六円及び内金三一九万二二七四円に対する本件事故後である平成元年九月一四日から、内金五万八九九二円(反訴原告の請求に係る七万三七四〇円からその二割を減額した額)に対する本件事故後である平成二年三月一七日から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 河邉義典)

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